数学者の妥協・・・
勘違い集団のA社は私達にとって飽きる事のないネタの宝庫だったが、彼らの殆どはイイ人な上に、高学歴だった。
しかもサポートやITコンサルという理系が当たり前の職種はもちろん、営業さえも全員理系だった。
営業部の紅一点(以下「紅(くれない)」)も当然そうで、私には全く理解できない数学科などという学科卒だった。
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個人的に数学は大の苦手で、その理由が「なんで答が1つじゃないといけないの?物事にはいろんな考え方や答があるのに!!」という私にとって、常に理論的に「この場合はこれが正しい」的な紅は、ちょっぴり煙たい存在だった。
もちろん彼女もイイ人でみんなと分け隔てなく接するし、決して暗いわけでもないのだが、どうにも何に付けてもプライドが高過ぎた。
彼女は高学歴でバイリンガル、中国地方のご実家はお金持ちでご兄弟も全員、一流企業勤務や医者だった。
パーソナル的には、当時40代始めだったが若く見える(と本人だけが言っていた)と思い込んでたし、茶道や華道など、かつては「女の嗜み」などともてはやされた事柄についても一通りの経験と知識があり、大抵の一般常識は解説できた。
そんな彼女は、かなり結婚願望が強いらしかったが、そこはA社で浮かない勘違い感覚の持ち主だけあって、言葉には出さないが「私は仕事だけじゃなく何でもできるから男性が尻込みしちゃうのね」と、心底信じているらしかった。
果たして彼女の理想の男性像は「年収は最低1000万、高学歴でカッコいい人」だったが、彼女はと言えばどっから見ても立派なおばちゃんだった。
本人は見た目がかなり若いと信じ込んでいるようだが、帰宅後1時間で寝られると豪語するように、あまりスキンケアをしているようには見えないし、髪もただのショートカット、営業だから仕方ないが服装はいつもジャケット、それも中途半端な丈のおばちゃんが着そうな代物だった。
加えて何より彼女をおばちゃんにしていたのは、その輪郭だった。
どこがどうとは言えないが輪郭がおばちゃんなのだ。
ちなみに私がA社で働き始めた頃、ビックリするような美形のお姉さんがいた。
美しいだけでなく、痩せてはいるが、最近の若い子の様にただ細いだけでなく、ジムで鍛えた筋肉が程よくつき、その容姿に纏う服はシンプル且つシャープで、計算しつくされたショートカットに良く映えた。
結婚している彼女は、退社後専業主婦をしながら少しアルバイトでもして・・・なんて思っていたらしいが、人目を引くその外見と仕事のキャリアを見込まれ、スカウトされファッション業界に華麗な転身をしたという誰もが羨む女性だった。
芸能人も顧客に多いと言う転身先も惜しまれながら辞め、現在はのんびりしているという噂の彼女は、二子玉川に住み休日にご主人と近所を歩いていると、女性向け雑誌の読者モデルに・・・と頻繁に声を掛けられるが断っているというおまけつきだった。
まったく紅とタイプが正反対の彼女は、果たして紅と仲良しだった。
そして信じられない事には彼女が買う店で紅も服を買っているというのだ。
どこからどう見ても同じ店の服とは思えないが、紅にはそれもプライドを満たす要素であるようだった。
そんな紅は、それこそ数知れないお見合いをし、所謂「結婚相談所」の会員登録もしているという噂だったが、彼女のハードルが高過ぎるのか、はたまた断られ続けたのか、めでたい話はとんと聞かなかった。
ところがそんな紅に春が訪れた。
お相手は某大手都市銀勤務で有名私大卒だったが、見た目は普通のおじちゃんだという話がまことしやかに囁かれ始めた頃、紅と仲良しの噂のチャンネルが、その情報収集力と動物的な嗅覚で紅からある証言を取っていた。
「学歴と年収は譲れないから、外見を諦めたの」というその言葉は私達をボーゼンとさせたが、都内の超高級ホテルで行われた結婚式の写真を見た私達は、失礼ながらいくら諦めるとは言え、あんまりな・・・と、ある意味ド肝を抜かれたのも確かだった。
次男と次女の結婚なので、東京に居を構えるべく彼女達はマンションを探し始めたが、どうやらここでも彼女的なプライドがあったようで、都内でも高級住宅地~でも1本しか電車が通ってない新興住宅地~に、あっさり決まったようだった。
この時も噂のチャンネルは、紅が購入したマンション名をいち早く聞きだしネットで検索していたが、最低6000万円となっていた価格帯を見た私達は、紅の事だから最低の物件など買うわけないよね・・・と意見が一致するのだった。
紅とはもはや交流はないが、子供が出来なかった彼女は最近夫婦2人で家庭菜園に勤しんでると年賀状に書かれていたがその文章も行動も、やっぱり勘違いのままなのが可笑しかったものの、何はともあれ彼女が幸せな日々を送っているのが書面から伝わってきて、微笑ましいのだった。
そう考えると、勘違いのまま一生を送るのは幸せな事なのかもしれないなぁ・・・と、つくづく感じる今日この頃である。



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