大規模プロジェクト8
いくら大規模プロジェクトとは言え、要はオフィス移転である。
そのわりに、とてつもない労力と時間を必要としたのは、ひとえに様々なタイプの勘違いな人々のおかげである。
彼らは明らかに悪人ではないが、とにかく何でも大袈裟にしたがるクセがあるのには困りものだった。
そんな彼らに振り回されながらも、何とかあとは移転するだけ・・というところまで漕ぎ付けた。
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この頃には、すっかり「有能なプロジェクトマネージャー」振りを発揮していたおぼんは、実は何もしていないのだが本人は肝心のターニングポイントはしっかり仕切っているという勘違いをしていた。
引越しに不可欠の車両手配も、さも自分が最初から最後まで大車輪の役割をしていたかのように、意気揚々と始めた。
そして、車両手配は私が責任持ってやるから・・・と、意味もなく額に手の平を押し付け、軽くため息をつきながら、私たちへ配慮をしている風な自分に酔っているのだった。 数日後、彼女はまたもや意気揚々と私達の打合せブースにやってきて、大変だったが車両の手配は完了しました・・と詳細を伝えて、コツコツとハイヒールを鳴らして帰って行った。
引越し当日は土曜日、社内インフラを日曜に完了させ、月曜から新オフィスというスケジュールも確定したある日、おぼんと私達が最後の打合せをしていたその席で今度こそ ”地球がひっくり返りそうな”言葉が、おぼんの口から飛び出した。
「手配車両は2t車です」 「・・・・・」2t車って小さいよね?? 普通の家の引越しだってもっと大きいよね?? どれだけ荷物があるか・・間違ってない?? 私達は心の中の声にならない声に苦しめられた。
一体どうしてそんな奇妙な事になったのか・・・どう考えても答が出ないその疑問を、気付いたとき私は口にしていた。
すると会社を背負って立ってるとも勘違いしているおぼんは「経費削減です」と、どうだ!と言わんばかりに自慢げに言い放った。 これにはまたもや言葉を失った。
経費削減は結構だが、2tトラックで企業が引越しをするなど、聞いた事もないしどうしてそんな非常識な事を考え出したのか、まったく分からなかったが、とにかく配車は完了していた。
引越し前の1週間くらいは、当然の事ながら毎日終電で、最後の調整に追いまくられたが、あと1週間でこの任務から開放されるという安心感は、確かにあった。
だからと言ってこの配車に異議を唱えなかったわけではないが、実際のところ2tトラックで引越しをすると、どれくらい大変なのかはハッキリ分かってはいなかったし、引越し先は女性の足でも徒歩10分ほどの近さと言うのもあったのかもしれない。
いざ当日、おぼんと私達、そしてケチ男は朝早くから新オフィスでトラックが来るのを待っていた。
そもそもその到着時間も遅れ、オフィス移転は初っ端からケチが付いたが、こうなったら忍耐力しかないのは誰もが理解していた。
果たして30分以上遅れて到着した第1便が積んでいた荷物はキャビネ3本、しかも小ぶりながらエレベーターが3基あるビルだったがどういうわけだか1基しか確保されておらず、大き目のキャビネだと1本しか入らない。
私達は気が遠くなりかけた。このペースであの荷物を全部運ぶのに2tトラックが2台・・・何時まで掛かるのか・・・。
挙句の果てに、引越し業者に全ての指示を出していたのは、例の計測が苦手な業者だったのだが、私達との決め事が何も引越し業者に伝わってなかった為、私達はいちいち運び込まれた荷物をどこに置くか指示を出し、確認する必要があった。
力仕事だけに若者が占める引越し業者は、ただ言われた通りに荷物を設置するのが責任なのだが、彼らが困り果てる事態が発覚した。
業者が引越し業者に渡した図面に、重大な情報が抜け落ちていたのだ。
年配の責任者が血相を変えて私達の所にやってきて「このキャビネの設置予定場所は防火シャッターなので置けません」と汗を拭き拭き訴えたのだ。
私達はもう目の前が真っ暗だった。
いくらプロジェクトメンバーでも素人なので、窓や空調には目が行っても防火シャッターには気付かなかったし、それくらい業者が気付いてよ! 第一どうして引越し当日に彼らは来ないのか? と、ふつふつと怒りがこみ上げてきたが、こんな時、やっぱり責任ある立場のケチ男の行動力は頼りになった。
無責任な業者より、はるかに手際良く測量し周囲を見回し、一番適切な動線を見つけ出し、その通りにレイアウトするようテキパキと指示を出し始め、何とか荷物の搬入がスムーズに進み出した。
いろいろ苦労してきた、この数ヶ月の思いがあるので、段々と荷物が入り、オフィスらしくなっていく様子を垣間見るのは私達にとって嬉しい事ではあったが、数個づつ2人の若者によって運び込まれる荷物には、時間的にも一抹の不安があった。
果たして朝早くから始まった引越しは、夜10時になっても終わらず、メンバーの中にはこの日の3回の食事を全て会社で取る羽目になった人もいたが、どう考えても帰る事ができないのは明らかだった。
もう少し・・・もう少し・・・と自分に言い聞かせながら、ようやく「これで最後です」と言う声を聞いたのは、なんと午前2時だった。
何故だかみんなから拍手が沸き起こり、Oさんなどはホッとしたのか涙をこぼしていた。
でも、もう私達の体力は限界だった。
ただでさえ睡眠不足の日々だったのに、引越し業者に置き場所の指示を出していて声が嗄れていたし、喉も痛かった。
こうして2tトラックでの引越しは完了し、月曜には新オフィスの1番大きな部屋での小宴が企画され、私達は労ってもらえるらしく、既にケータリングも手配済み、とおぼんから聞いたのは午前3時近かった。
タクシーでそれぞれ帰宅し、泥のように眠り、月曜に備えたが、果たしてOさんと私は発熱し、新オフィス初日に出勤できなかった。 小宴などどうでも良かったが、やっぱりちょっぴり残念に感じるのは人情だった。
そして火曜日、出勤した私達がケチ男から聞いた言葉は「残念だったね~。美味しい料理だったのに」
「・・・・」
オフィス移転が無事終了しても、A社の勘違いは延々と続くようだった・・・



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