とんちんかんディナー

自分の高学歴と才能は、少なくてもA社では右に出るものはいないと、心の底から信じ込んでいるバカえもんは、見た目も熊のようにのっそりしていて、間違ってもイイ男を言えるタイプではない。

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・・・が、本人はかなりイケてると思い込んでいて、今時肩からパステルカラーのセーターなどをゆったりと掛け、自信満々に社内を闊歩している様は常々Yと私の苦笑の元となっていたが、ある時Yが「石田純一みたい」と痛烈な皮肉を言ったのを真に受け、それ以来何かと私達に好意的な態度を見せるようになったのも、片腹痛い事なのだった。

IT企業というものでは”もうこの会社で覚える事はない”というのが、立派な退職理由になるし、いくら要領のいい私達でも流石に毎日毎日「勘違い集団」と付き合っているのに疲れてくるのも無理はないので、テキトーに理由をつけて辞める事にした。

自分達の予想よりはるかに社内に食い込んでいたらしい私達の退職は、どうやら社内に衝撃と困惑を与えたようだった。

仕事の割合で言えば、バカえもんと私達はそんなに関わっていない・・・というか、バカえもんに与えられている仕事はそんなになく、大して重要でもなかったが、彼的には社内の中核を担っていると信じ込んでいる上に、私達を立派な「仲間」と見なしているらしかった。

なので2人の退職が公表されるや否や、片手を挙げながら私達のところにやってきて「聞いたよ・・残念だ」などと真面目な顔で近付いてきた。

一通り退職理由を訊かれたり、それに付随した社内の誰からの話などをした後「送別会を兼ねて食事に行こうよ」と言い出した。

A社の多くの社員がそうであるように、彼も不適当なほどの高給取りなので、私達はにっこり微笑んでお礼を言い、予め知っている出張日などを除いた何日かを決め、バカえもんにメールしておいた。

果たしてすぐ「○○日にしましょう」とレスが来て、仲間というカテゴリーに所属している私達にイイところを見せたいのか、お店は私達の好きなところでいいと付け加えていた。

ご馳走されるのが大好きな私達は、この辺りぬかりがある筈もなく、この時は既に行きたい店を絞り込んでいた。

それは今はなくなってしまったが、都内の高級ホテルの最上階にある、所謂回転レストランで、かなり優秀な中華が食べられる事で有名だった。

HPで確認したら私達が行く週は女性(もちろん私達も!)が大好きなエビ料理が増える「シュリンプウィーク」なるありがたーい週だったので、益々ボルテージが上がるのは仕方なかった。

バカえもんにお店の事を伝えに行くと「君達が行きたいところでいいよ」とばかりに、さもお店には興味がない、君達にささやかな感謝の気持ちでご馳走したいだけさ・・・とでも言うように、満足気に頷きを返したのだった。

あっさりその日はやってきた。

前日に散々打合せをしたのに、当日もまた「昨日の通りでOK?」などと、いかにも通りすがりに訊いてみたよ・・・的な風情を見せてはいるが、私達はバカえもんが何故だかとっても楽しいんだ・・・とすぐ気付いた。

なんだかんだあったが、結局希望通りの日程で好きなお店に行く事になり、私達は終日ゴキゲンで仕事をこなし、定時退社をした。

そしてぷりっぷりのエビを想像しながらるんるん気分でホテルロビーに到着し、いつもより少し取り澄ましてバカえもんを待った。

少しだけ遅れて到着した彼は、お得意のトラッドファッションに身を包み、またもや軽く手を挙げてやってきた。

男性の多くはそうであるように、心のどこかに女性をエスコートしなければ・・・という気持ちが働くようで、彼もエレベーターをさり気なく眼で探し先頭を歩こうとしたが、どうにも勝手が分からないようで、進んでみては「あれ?おかしいな」などと独り言を言いながらうろうろしてしまった。

私達は笑いたいのを堪えて、でも少し申し訳ない気持ちで後から「その先を右です」などと小さな声で案内する羽目になった。

兎にも角にも予約時間の10分後には、レストランの入口に到着し、バカえもんが予約名を告げると「お待ちしておりました」と、やけに丁寧に窓際テーブルに案内された。

何しろ1時間に360度回転し、夜景を楽しむという趣向のレストランなので、周囲は全て窓という造りな上に40数階に位置するため、眺めがいい事この上ない。

これだけでかなりのご馳走という感じで、私達は少し気取った足の運びで、ボーイさんにお礼を言いながら笑顔で席に着いた。

このレストランのもう一つのウリは、高級食材の料理の数々が食べ放題~バイキング~だという事だった。

中華の高級食材と言えば、フカヒレ・カニ・ツバメの巣・・などなど枚挙に暇がないが、とにかく「シュリンプウィーク」である。

しかし、いかに図々しい私達でも、席に着いなり取りに行くほど非常識ではない。

バカえもんに飲み物などの好みを聞いたり忙しいのに申し訳ない・・的なお礼を言って、多少の世間話をするくらいの忍耐強さは持ち合わせている。

ドリンクオーダーも終わり、じゃぁ取りに行こうかと、バカえもんがこれ以上ない絶妙のタイミングだと自分に酔っている間に私達はさっさとエビを目指した。

バイキングの台が丸々一つエビになっているのを片っ端からお皿によそって席に戻ると、上品に少量の料理が載ったお皿を前に、バカえもんは外を眺めて黄昏ていた。

お喋りしながら美味しい料理を食べ、夜景を堪能するというのは女性にとって嬉しいものだが、違った意味でバカえもんも楽しいらしかった。

今まではお互い何となく敬語で話していたが、多少のお酒で舌も滑らかになったのか「タメ語でいいかな?」などと、殆ど死語のような発言をし、私達の答を聞く前に”タメ語”で話し始めた。

私達にはそうは思えない、今までの自慢話・苦労話を身振り手振りで話しているのに大仰な相槌と満面の笑みで受けながら、実は食べる事に熱中していた私達は、流石に1時間もするとお腹がいっぱいになってきた。

勝手なもので、そうなると喋りたくなるのか、今度は頼まれもしないのに今までのA社での仕事やこれからの計画などを面白可笑しく話したが、中でもバカえもんがえらく興味を持ったのが私達が2人で習っていた、ある楽器の事だった。

彼はまるで「俺は頭はいいけど楽器はからっきしでね~」とでも言いたい風に、物珍しそうにその話を聞き、様々な質問をしてきた。

実はその楽器を極めるため、というのが退職の表向きの理由だった私達は、もっともらしく多少の専門用語などを織り交ぜながら話していたものだから、すっかりバカえもんが引き込まれてしまった。

最後には俺も楽器が出来たら・・・などと言い出し、中学生の頃はギターも弾いたんだけど・・・などと、遠くを見ながら陶酔し始めた。

バカえもんは自分に自信があるし、カッコイイものに憧れがあって、困った事には自分それに近づけると本気で思っているので、きっと中学生の頃のバカえもんは、白いギターかなんかを抱えて、すっかりシンガー気分を満喫していたに違いないと想像するとおかしくて声を出して笑いそうだったが、ご馳走になる相手を軽蔑するような事はできないので、持ち上げたり期待させたり、私達は忙しく頭を働かせていた。

そんな私達に「ちょっと失礼」とまたもや軽く手を挙げて席を立ったバカえもんは、どうやらトイレに行ったらしいが、なかなか帰ってこない。

食べ物にあたってお腹でも痛いのかしら・・・?と心配し始めた頃、ニヤニヤしながら席に戻ったバカえもんは「回転してるから場所が分からなくなったよ」と、子供じみた事を言い出したのも、私達に気を許している証拠かもしれなかった。

デザートや中国茶も平らげ、もちろんエビも全種類制覇して夜も更けた頃、バカえもんが「今夜はホントに楽しかったよ。会社は別になるけど、これからも友達としてたまには飯でも食おう」と言い出した。

大変ありがたい提案だが、ハッキリ言ってバカえもんは私達の苦手なタイプ・・・というか気疲れする相手なのだが、「ぜひ~」と言いながら、内心驚いていた。

何しろ彼は会社に親しい人はいないし、どちらかと言うと浮いた存在である事を、最近ようやく理解し始めた様子だったので、私達と楽しい時間を過ごしたのが嬉しいのかもしれなかった。

その後、暫く連絡を取らないうちに、彼はA社に溶け込む事ができないまま、退職したらしい。

でもきっと他の会社でも勘違いして高いプライドを振りかざして、鼻つまみになってるんだろうなぁと思うにつけ、もしかしたらあのエビを食べた夜が、バカえもんが一番普通だったのかも・・・と、ちょっぴり哀しい気持ちになるのだった。

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じーじのカミングアウト

自分を仕事が出来るから高給取り、おまけにカッコイイから女が放っておかないんだなぁ・・・そう言えばこの間も本屋で俺をじっと見つめてた女がいたな・・・などと本気で勘違いしてる幸せ者のじーじは、でも決して悪い人でも何でもなくむしろかなりイイやつだった。

ただ、仕事中に発揮される勘違いぶりと、頭の回転も含めた、信じられないくらい遅い行動には辟易するのが常だったがとにかく悪人でない事だけは確かだった。

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そんな彼は何故だか年収1500万との噂があり、それは仕事に見合わない高給取りが多くを占めるA社の中でも、特筆すべき金額だった。

おまけに彼にはギャンブルの才能だけはあるらしく、大学生の頃からハマってるあるギャンブルで儲けたお金が2000万円あるそうで、典型的な小金持ちだった。

もっともその2000万円はそのギャンブルの元手用に決して手を付けないという意外と堅実な面も持ち合わせている彼は、その誇りの高さから自分が他の人より少しリッチだと理解していたので、仕事で私達のお世話になったり、ちょっとしたグルメ話のついでに、食事に行こうと言う成り行きになる事も珍しくなかった。

え~っと言いながらも、私達が行きたいお店に連れて行ってくれる彼は、ボーナス後なのをいい事に1人10000円以上するコースがいいなーと私達が言った時も「高いなぁ」とボヤきながら、予約しておいて・・・と、あっさり了解するのだった。

これには私達も笑ってしまった。

何しろいくらお世話をしてても所詮会社の人なので、そんな無謀が通るはずはないと思っていたし、当然じーじが断るものだと思い、もう少しランクを下げた第二候補を用意してあったのだ。

でも、流行り物が大好きなじーじの事、雑誌などに載っているニューオープンには並々ならぬ興味があり、私達と一緒という事や、お金が掛かるのは二の次で「そのお店で食事をする」事が重要らしかったので、どちらかと言えば私達も気楽だった。

でもいくら2人だけで行くわけではないとは言え、そう頻繁に高い食事をご馳走になっていては、流石の私達も多少は後ろめたい気持ちを感じるのも当然で、ある時「今度は私達がご馳走するよ」と提案してみた。

「えぇぇぇぇ~珍しいじゃん」とニコニコしながら嬉しそうにしている彼に「でも分相応のものね」と、私達が良く行く銀座の1000円ディナー屋さんである事を伝えるのを忘れなかったが、それでも彼は楽しそうなのだった。

いよいよ私達がご馳走する日、心なしかじーじはゴキゲンで、今日は午後から外出してそのまま銀座に向かうけど、何時頃仕事が終りそうだとか、待ち合わせの場所についての詳細などを何度も言ってくるほどだったが、私達は内心、そんなに期待されても・・・と閉口した。

何しろ安くて美味しくボリュームがある大人気のお店だが、所詮洋食屋さんである。

お店も木のテーブルに赤と白のチェックのテーブルクロスが掛けてあり、食事もチキングリルやオムライス、ハンバーグなど、どれも美味しいながらB級グルメである事は明らかだった。

それでも派遣社員の私達が、唯一ご馳走することになるという事実を何となく感じ取っているのか、外出先から嬉しそうに電話をしてきて、ともかくお互い銀座に向かった。

待合わせは誰でも分かるソにービル前でして、早速お店を目指したのだが、観察しているといつもは牛のように歩くのも遅いじーじの足取りが、今日は少し速いような気がしたので「お腹空いてるの?」と、つい訊いてしまったが、言いながら私達は理由は分からないがじーじがとっても楽しいのだという事を感じていた。

ものの5分も歩けば小さな古びた入口のお店に到着したが、あまりにもいつも連れてってくれてるお店と様子が違うので私達は、流石に彼が落胆するかも・・・と、恐る恐る「ここだよ」と指差すと、満足気にお店を見上げドアを開けて入っていった。

お店は1FとB1Fだが、B1はどういう事になっているのかテーブルの上に付いているランプのコードが繋がっている壁のようなものが頭上に立ちはだかり、女性でも立ち上がる時にぶつかるほど低いのだった。

もちろん180cm以上もあるじーじには危険な天井だが彼は何事もなかったかのようにすんなり座り、楽しそうにメニューを眺めだした。

「ビールも飲んで~」などと言いながら、このお店のソフトドリンクはイマイチなので、私達は水でOKという、ちょっぴりセコい決断をし、どうにかこうにかオーダーが完了した。

たぶんじーじはこういったお店にあまり来た事がないのか、珍しそうに店内をひとしきり見回し「トイレに行ってくる」とうっかり立ち上がってしまった・・・当然の事ながら例の危険な天井にぶつかりかなり大きなゴツン!と言う音がしたので私達は目を見張って大丈夫?などと、ありきたりの言葉を口走っていたが、なんとじーじはそれでも楽しそうにニヤニヤしながらいつもの調子でスタスタと階段を上がっていったものだから、全てにおいて呑気な様子に私達は大笑いしてしまった。

食事も終わり、まだ9時前なのでお茶しようという話になったのだが、じーじが「じゃぁお茶は俺がご馳走するかな」などと、いつも勘違いする時そうであるような雰囲気で言い出し「どっか落ち着ける店知ってる?」と訊かれたので「いいとこがあるよ」と言いながら私達はさっさと帝国ホテルに向かった。

B級グルメをご馳走して、その倍もするお茶をおごってもらう事になるのはある意味想定内だったが、それはじーじにとっても同じらしく、しかも帝国ホテルで女性からおねだりされてお茶してるというシチュエーションに酔っているようだった。

洋食屋さんで飲んだ、たった1杯のビールにイイ気分になったわけでもあるまいが、いつもより更にじーじの舌は滑らかで突然「ここ1年は不倫してないなー」などと言い出した時には、何千円もするデザートをパクついていた私達のスプーンが止まった。

じーじと言えば、おぼんとかなり真剣な不倫をしている事を知らない者は社内にいないほど有名だが、ここ数ヶ月、別れたらしい・・という噂がまことしやかに流れていたので、それが真実だと悟った瞬間だった。

そんな事をここでカミングアウトされても・・・と困惑しながらも、そこは百戦錬磨の2人なので「ホントなの~?」「で、不倫と浮気って違うのかなぁ??」とか言いながら、より深く真相を探るのに余念がなかった。

その後もゴキゲンでじーじは自分の恋愛を回想し、楽しそうに次々とカミングアウトしたのだった。

この日私達が2人で支払ったのは4000円弱、そしてじーじは1人で10000円近く払い、挙句の果てにとても社内の人に言うべき事ではない事柄を次々に明かしていたのは、じーじの勘違いと優しさの混ざった性格から来る「誰かに聞いてもらいたい」という気持ちと、帝国ホテルのゆったりした空気のせいかもしれなかったが、帰りの電車で逆方向に乗っちゃったよ~と次の朝聞いた私達はやっぱりこの人って給料貰い過ぎ!!と、またもや大笑いだったのは言うまでもない。

彼もA社の、愛すべき勘違い野郎な事を再確認した夜だった。

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数学者の妥協・・・

勘違い集団のA社は私達にとって飽きる事のないネタの宝庫だったが、彼らの殆どはイイ人な上に、高学歴だった。

しかもサポートやITコンサルという理系が当たり前の職種はもちろん、営業さえも全員理系だった。

営業部の紅一点(以下「紅(くれない)」)も当然そうで、私には全く理解できない数学科などという学科卒だった。

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個人的に数学は大の苦手で、その理由が「なんで答が1つじゃないといけないの?物事にはいろんな考え方や答があるのに!!」という私にとって、常に理論的に「この場合はこれが正しい」的な紅は、ちょっぴり煙たい存在だった。

もちろん彼女もイイ人でみんなと分け隔てなく接するし、決して暗いわけでもないのだが、どうにも何に付けてもプライドが高過ぎた。

彼女は高学歴でバイリンガル、中国地方のご実家はお金持ちでご兄弟も全員、一流企業勤務や医者だった。

パーソナル的には、当時40代始めだったが若く見える(と本人だけが言っていた)と思い込んでたし、茶道や華道など、かつては「女の嗜み」などともてはやされた事柄についても一通りの経験と知識があり、大抵の一般常識は解説できた。

そんな彼女は、かなり結婚願望が強いらしかったが、そこはA社で浮かない勘違い感覚の持ち主だけあって、言葉には出さないが「私は仕事だけじゃなく何でもできるから男性が尻込みしちゃうのね」と、心底信じているらしかった。

果たして彼女の理想の男性像は「年収は最低1000万、高学歴でカッコいい人」だったが、彼女はと言えばどっから見ても立派なおばちゃんだった。

本人は見た目がかなり若いと信じ込んでいるようだが、帰宅後1時間で寝られると豪語するように、あまりスキンケアをしているようには見えないし、髪もただのショートカット、営業だから仕方ないが服装はいつもジャケット、それも中途半端な丈のおばちゃんが着そうな代物だった。

加えて何より彼女をおばちゃんにしていたのは、その輪郭だった。

どこがどうとは言えないが輪郭がおばちゃんなのだ。

ちなみに私がA社で働き始めた頃、ビックリするような美形のお姉さんがいた。

美しいだけでなく、痩せてはいるが、最近の若い子の様にただ細いだけでなく、ジムで鍛えた筋肉が程よくつき、その容姿に纏う服はシンプル且つシャープで、計算しつくされたショートカットに良く映えた。

結婚している彼女は、退社後専業主婦をしながら少しアルバイトでもして・・・なんて思っていたらしいが、人目を引くその外見と仕事のキャリアを見込まれ、スカウトされファッション業界に華麗な転身をしたという誰もが羨む女性だった。

芸能人も顧客に多いと言う転身先も惜しまれながら辞め、現在はのんびりしているという噂の彼女は、二子玉川に住み休日にご主人と近所を歩いていると、女性向け雑誌の読者モデルに・・・と頻繁に声を掛けられるが断っているというおまけつきだった。

まったく紅とタイプが正反対の彼女は、果たして紅と仲良しだった。

そして信じられない事には彼女が買う店で紅も服を買っているというのだ。

どこからどう見ても同じ店の服とは思えないが、紅にはそれもプライドを満たす要素であるようだった。

そんな紅は、それこそ数知れないお見合いをし、所謂「結婚相談所」の会員登録もしているという噂だったが、彼女のハードルが高過ぎるのか、はたまた断られ続けたのか、めでたい話はとんと聞かなかった。

ところがそんな紅に春が訪れた。

お相手は某大手都市銀勤務で有名私大卒だったが、見た目は普通のおじちゃんだという話がまことしやかに囁かれ始めた頃、紅と仲良しの噂のチャンネルが、その情報収集力と動物的な嗅覚で紅からある証言を取っていた。

「学歴と年収は譲れないから、外見を諦めたの」というその言葉は私達をボーゼンとさせたが、都内の超高級ホテルで行われた結婚式の写真を見た私達は、失礼ながらいくら諦めるとは言え、あんまりな・・・と、ある意味ド肝を抜かれたのも確かだった。

次男と次女の結婚なので、東京に居を構えるべく彼女達はマンションを探し始めたが、どうやらここでも彼女的なプライドがあったようで、都内でも高級住宅地~でも1本しか電車が通ってない新興住宅地~に、あっさり決まったようだった。

この時も噂のチャンネルは、紅が購入したマンション名をいち早く聞きだしネットで検索していたが、最低6000万円となっていた価格帯を見た私達は、紅の事だから最低の物件など買うわけないよね・・・と意見が一致するのだった。

紅とはもはや交流はないが、子供が出来なかった彼女は最近夫婦2人で家庭菜園に勤しんでると年賀状に書かれていたがその文章も行動も、やっぱり勘違いのままなのが可笑しかったものの、何はともあれ彼女が幸せな日々を送っているのが書面から伝わってきて、微笑ましいのだった。

そう考えると、勘違いのまま一生を送るのは幸せな事なのかもしれないなぁ・・・と、つくづく感じる今日この頃である。

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女王様の「お・す・き・な・も・の」

究極の男好きである女王様でも、流石に他に好きなものも感心のあるものもあるらしかった。

ある昼休み、Yと私が食後の歯磨きをしていると、いつものように小柄な身体をパンツスーツに包み、うつむき加減で入ってきた。

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当然私達は無意識に一歩下って、歯磨き状態なので 「おふはれはまです(お疲れ様です)」と軽く会釈をしながら言った。

女王様はこれまたいつものように、可哀想なほどやつれた顔に満面の笑みを浮かべながら「お疲れ様っ」と、鏡越しに返してきた。

その笑顔がいつもよりちょっぴり誇らしげな気はしたが、その後特に会話はなく私達は歯磨きを終え軽いお化粧直しをしていた。

すると突然女王様が、また鏡越しに「どうしてそんなに肌がキレイなの?」と話しかけながら近付いてきた。

常日頃、例えば外資のA社では自分のお茶は社長と言えども自分で入れるので、パントリーなどで会った時に多少一般的な会話はするが、お互いあまりプライベートな事まで踏み込む事はないので、この質問にはちょっと驚いたし、A社の勘違い集団と違い私達は特に自分の肌に自信があるわけではないので答えに詰まった。

すると女王様は、まるで自分が何の質問もしていないかのように「私も最近肌の調子がいいのぉ~」と、頬に手を当て鏡に向かって微笑を投げかけながら喋りだした。

ある意味、自己完結型の女王様に驚きはしたものの、こういう展開はA社で珍しくない上に、答えに詰まっていた私達はチャンス到来!とばかりに「何か特別な事をなさってるんですか?」と質問する側に廻る事にしたのだが、果たして女王様は「やっぱりそう思う?」と、脈略のない発言をして一瞬私達をひかせた。

普通の会話の流れと違う形式の会話~それは勿論彼らの大いなる勘違いの上に成り立っているが~は、A社では全くと言っていいほど珍しくないので、すぐ立ち直った私達は、驚きなど微塵も表情に出す事無く「えぇぇ・・」と微笑を返しながら言った。

すると女王様は、やっぱりね・・・と満足した様子で、子供が秘密の基地を教えたいけど勿体ぶってる・・というような、ちょっといたずらっぽい目で「どうしても聞きたい?」と言い出した。

私達にしてみれば、1時間の昼休みはもう終りそうだし、第一そんな事に全く興味がなかったので、一刻も早く席に戻りたいのだがそこはOLの哀しい性で「是非ぃぃ~」と答えていた。

すると女王様は上目遣いに私達を交互に見ながら「実はローヤルゼリーを飲んでるの」と、また頬に手を当てカミングアウトしたのだった。

「さっすがぁ・・セレブは違いますねぇ」などと持ち上げながら、そんな心にもない事を言っている自分達に腹を立てながら、まだ話は続くんだろうなぁ・・・と、ちょっぴりうんざりしながらも次の言葉を待つしかなかった。

「飲んでるだけじゃなくて顔全体に塗ってるし、すごく私に合ってるみたぁい」などと、自己満足に浸っている女王様に、私達から返す言葉はなかったが、その後もその製品とどうして出会い、どのような使用感覚で、どこが気に入っているか・・・などなどまったく私達には無関係な自慢話が暫し続き、ようやく開放されたのはお昼休みを10分オーバーした後だった。

今日も勘違いな人々との仕事に、心身ともに疲れを感じながら2人一緒に帰る道々、高いローヤルゼリーを使っていてもシワっぽくやつれていてカサカサした肌は相変わらずだね~、でも飲んでるだけで美しくなったと勘違いできるんだから高い買い物じゃないかもね・・と、大笑いになったのは言うまでもなかった。

数日後、私は営業部にいらしたお客様からの到来物を配っていた。

それは高級で有名なおせんべい屋さんの、小さなおかきの詰め合わせだったが、女王様が大のおせんべい好きな事を知っていた私は全種類揃っているうちに、うやうやしく女王様の席にその箱を持っていくのを忘れなかった。

果たして女王様は「わーい」と、先ずは可愛い子ぶって「どれにしよっかなぁ」と小首をかしげていたが「1種類しか取っちゃダメ?」と、社長のクセに派遣社員の私に甘える素振りをみせた。

図々しいなぁ・・・1箱しかないのに・・・と、内心呆れながら「どーぞどーぞ」と言っている自分をちょっぴり恥じながら答えたのだが、その後女王様は驚くべき事を言った。

「ここ3日間、忙し過ぎて食べるの忘れてたから3日ぶりに食べ物を口にするわぁ」「・・・・・」戦争中でもあるまいし、現代において、ましてや小さいながら外資系企業の社長である女王様が言うセリフとも思えないが、忙しくてご飯も食べられないというのが、彼女のキャリアでは自慢の一種なんだろうな・・・とその言葉を聞きながら、 「そんな事してるからローヤルゼリーも効果がないのよ」と、洗面台の鏡を自慢げに見つめていた女王様を思い出し、少し可笑しくなるの事実だった。

そう言えば前におせんべいを配った時には「私おぜんべいだーいすき♪だって私の主食はおせんべいと赤ワインだもん」などと自慢だかネタだか分からない事をのたまわってたなぁ・・・と、女王様の小さく、細かいシワの中に埋まったファンデーションを見つめながら、社長であってもこんな哀れに年とりたくないぁ・・・と、つくづく感じるのだった。

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ニッポン!!チャチャチャッ!!

やけに高いスキルを持っているが、他のA社の勘違い社員のようにそれを大袈裟に宣伝する事もなく、ホントに凄いのに本人がそれに気付いてないのか???と心配になるほどスキルに淡白なボンバーは、それでも流石に仕事は早かった。

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相変わらず白無地Tシャツの日々は続いていたが彼女は悪人でも何でもなく、ただ結構変わってる人なのだった。

2002年はサッカーファンだけでなく、全ての日本人がサッカーに注目した年。 何故なら初めて日本でワールドカップが開催されたからだったが、果たしてボンバーは熱狂的なサッカーファンだった。

面白いもので、こう言った世界中が注目しているようなスポーツ競技がある時は、例えば普段サッカーなど見た事も無い人が俄かに「オフサイド」「フリーキック」などのサッカー用語を使い、やけにサッカーに興味を持つ事が多い。

かく言う私も俄かサポーターの1人だったが・・・。

ところがボンバーは、どうやら筋金入りのサポーターらしかった。

時々Jリーグの試合を見に行っていたのは知っていたがもちろんワールドカップは特別で、ベッカムやジダン、フィーゴなどと言う超有名人でない選手についても、その経歴などについて詳細に知っているのだった。

海外で開催される世界レベルのスポーツイベントの殆どは時差の関係で日本では真夜中に行われる事が多くサラリーマンには辛いので、日本開催は嬉しいし待ち望んだものだったが、実際その時になったら困った事に気が付いた。

ワールドカップは1ヶ月かけて決勝戦までを戦うトーナメントなので、当然の事ながら平日の昼間も試合があり、それは開催国でも同じ条件に決まっていた。 開催1ヶ月くらい前になると、それこそ日本中どこでTVをつけても話題はワールドカップ一色となり、いよいよ俄かサポーターが巷にあふれ出したが、A社も例外ではなかった。

Yと私も常日頃サッカーの「サ」の字も言わないが、これだけ世間が騒いでいるとイヤでも気になるもので、かと言って有給を取るほど入れ込んでるわけでもなく、でも見たいなぁ・・・と、実にミーハー的な気持ちでいたのだった。

いよいよ明日は日本の初戦という前日、俄かサポーター達はニュースで仕入れた試合の展望などをかしましく話題にしていたが、何となく社内もやけにザワめき始めた。 それは奥のほうから聞こえてきて、イチ早くこれに気付いたYが自販機で飲み物を買う振りをして様子を探り、私の所に飛んできた。

それによると明日の初戦を、奥の通称「P部屋」で見ていい事になったと言う事だった。

その後、矢継ぎ早に聞こえてくる情報を繋ぎ合わせると、明日の開催時間までにP部屋に大きなスクリーンが設置され、勤務時間中だが無礼講でこの歴史的瞬間を全員が見ていい事になったらしい。

ちなみにP部屋の”本名”はプロジェクト部屋で、その名の通りシステム系緊急プロジェクトの行われる、ある意味もっともA社らしいと言える部屋かもしれなかった。

機密性重視のため、フロアーの一番奥にあり関係者以外殆ど足を踏み入れないその部屋は、その性質から常に使われているわけではなく、ワールドカップ開催に合わせたかのようにこの時期はまんまと空いていた。

こういう、ちょっとみんなが感心を持つ事項になると必ず表舞台に登場するおぼんが、普段はサッカーなど全く興味が無いのにいそいそとP部屋にスクリーンを設置しPCと繋いでテストをしていたが、Yと私の予想ではたったこれだけの事なのに「やっぱり技術系の中心人物は私なのね」と、勝手に納得して満足していると思われた。

2002年6月4日は、朝早くから全てのTV局で試合会場からの中継を流し、新聞も政治も全て日本VSベルギー戦一色だったのは言うまでもないが、社会人たるものそんな事で浮き足立ってはいられないので通常通り出勤し、取り敢えず一服しに行った私は、目が真ん丸くなり、一瞬息が止まったのが自分でも分かった。

そこには、全日本の青いレプリカユニフォームを着てGKのような格好をして意気込んでいるボンバーがいたのだ。

彼女は私を見つけると何事もなかったように朝の挨拶だけすると、真剣に初戦の戦略を練ってでもいるのか、首を傾げたり目を瞑りながら小さく独り言を言い、その間にも足はステップ・・・いや反復横跳びのような動作を繰り返していた。

私はその一挙手一投足が気になって仕方がなかったが、仕事に入るとそんな事は忘れてしまい、あっさりキックオフの時間になった。

電話中だった私をYが呼びに来てP部屋に行くと、全社員が集まっているのではないかと思うほど満員だったのだが、その最前列に陣取っていたのが熱狂的なサッカーファンのボンバーと、何故だかおぼんだった。

ボンバーはユニフォームはもとより、たぶんJリーグの試合会場で売っている全日本応援グッズをたくさん持ってきてスクリーンに向かって大声で叫び、おぼんはおおよそスポーツ観戦らしからぬキリッとしたタイトスカートのわりに、どこから仕入れたのか全日本のメガホン、スポーツ観戦にもっとも相応しいフィンガーフードのポップコーン、会場で良く売っているようなスポーツドリンクなどを沢山持ち込んで、すっかりサッカー慣れした風情で大騒ぎだった。

ボンバーは選手の動きひとつひとつに「あ~っっ!!」とか「遅~い!!」「上がれ~!!」など、まるで関係者の如く声を上げ本物のサポーターの気概??を示していた。

まぁこの時は日本中全員がそんな気分だったので誰一人笑う人もなく、スクリーンに釘付けだったが、その試合が引き分けたので大変だった。

もちろん試合終了後しばらくは、A社内でもその話題がHOTだったが、ボンバーは勝っていた試合なのに追いつかれて引分にされた事がどうしても悔しいらしく、大声で全日本の不甲斐なさを罵り、大層ゴキゲン斜めだった。

でもYと私が何より可笑しかったのは、ボンバーが恒例の白Tではなくツルツルの青いレプリカユニフォームを着ていた事だった。

いくら熱狂的なファンでも、廊下で来客に遭遇するかもしれない会社に、全日本ユニフォームで登場したボンバーに驚きもし、その勇気と熱意に、敬意を払う気分でもあった。

そしてその姿と行動は、全日本の試合が完了するまで続くのだった・・・。

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ボンバーねえちゃんはフレンドリー

勘違い集団のA社では、その多くの勘違いが自分への大いなる自信の上に成り立っている。 彼女の入社の話を聞いた時も、その素晴らしい経歴によって、また同じような勘違い女が増えるか・・・とYと私はうんざりしたのだが、出社初日からその考えはちょっと違うのかも・・・??と気付かされた。

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なにしろ彼女の経歴たるや、A社の人が逆立ちしても届かないような素晴らしいものだし、ある意味ではA社の人たちのもっとも苦手とする分野に精通していた。

彼女は先ず語学に堪能だったために、手始めに所謂「産業翻訳」的な業務をしていたが、これがまた早くて美しい翻訳で今迄、自分は語学に堪能・・・と勝手に思い込んでいたA社の人々は、目から鱗だったに違いない。

初登場の彼女については、いくつか披露しておくべき特徴があった。

先ず、その才能や経歴とはうらはらに、服装が変わっていた・・・というか、毎日ほぼ同じだった。

間違っても痩せているとは言えない彼女は、どうやらカジュアル志向らしくTシャツにパンツが定番で、そのTシャツは90%くらいが白の無地と決まっていたが、そのサイズが合ってるのか合ってないのか、実に奇妙なのだった。

小さくないのは、Tシャツに全くと言っていいほどシワがない事を見れば明らかだが、大きいかと言うとそんなに余裕があるとも思えない。

髪はセンター分けのボブで色つきフレームの細いメガネの丸顔の下にそのTシャツがあるのは、何とも不釣合いでつい目で追ってしまうのだが、西陽などは彼女を影で「ボンバーねえちゃん」などと呼んでいた。

そんな彼女はかなりのヘビースモーカーだった。

A社では社内に喫煙室があり、喫煙者はそれぞれ決まった場所にタバコを置いていたがその場所は暗黙のルールで決まっていた。

私は喫煙スペースに割りと近い棚の中段が”指定席”だったが、最近やけにタバコが減るなぁ・・・吸い過ぎかしら?

と感じ始めた矢先、何故だかボンバーが私の苗字に”ちゃん”をつけて親しげに近付きながら「ごめん、さっき1本もらっちゃった」と言いに来た。

部も違うし席も遠い、何よりろくに話した事もない彼女が、どうして私に親近感を抱いてくれたのか分からないがそれ以来彼女は私を「社内の親しい人」の1人にカウントしてるようで、何かにつけて「Sちゃん、ちょっといい??」と言いにくるようになり、時々はアイコンタクトだけで私を喫煙室に誘うのだった。

ある時、彼女がちょっぴり落ち込んだような、心配しているような顔で「ちょっと、いい?」と、いつになく深刻な顔で私のところにやってきたが、いつもの事ながらボンバーはそんな時、私の答を待つような事は一切無く、足早に喫煙室に向かう。

いつもと様子が違うので私も急いで後を追ったら、彼女はタバコに火を点け、考え込むように外を見て黄昏ていたがそれは、思い悩んでいるような、簡単に声を掛けられないような雰囲気だったので私もそっとタバコに火をつけてボンバーの様子を見ながら、彼女の言葉を待っていた。

するとじっと窓の外を見たまま「○○さん・・・大丈夫かな」と、独り言のように呟いた。

私はその言葉の意味が分からなかったので「どうかしたの?」と探りを入れると、「○○さんよ・・離婚したんでしょ?」と、初めて私を振り向いた。

その○○さんはつい最近入社した、ある部の女性部長で、時々私が彼女の仕事を手伝うのだが、もちろん特に親しいなどと言う事はないし、彼女のプライベート事情など全く知らないし興味もない。

ボンバーは私なら詳しい事を知ってるかと思った・・のような事を言いながら、2本目のタバコに火を点け、明らかに○○さんに同情しているようだった。

しかし、新参者の彼女が○○さんと親しいのも妙だと思い「離婚したの?」と聞き直すと「えっ?だって名前変わったじゃない?」と、どうしてそんな事聞くの?というような顔をして「大丈夫かな」と再び呟きながら、まじまじと私をみるのだった。

でも、私は知っていた。

○○さんは元々旧姓で入社してきたのだが、何かの理由で現在の結婚後の姓に変更したのだ。

ちょっと可笑しくなってその事をボンバーに告げると「あぁ~そういう事??心配しちゃった」と、あっけらかんと納得しまたもや足早に喫煙室を出て行った。

彼女はA社の勘違い人間とは明らかに違う人種だったが、やっぱり不思議な人~それもかなり不思議~で、ある意味究極の「勘違い」と言えなくもない証拠には、この後も全く悪意のない、かなり的外れな行動が続くからなのだが、それは次回のお楽しみ。

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女王様にはかなわない!

何を勘違いしてるのか、自分よりキャリアも年齢も上のコンサルタントやエンジニアを怒鳴りつけて、自分の存在を誇張しているかのようなドームの横暴ぶりは、日々進化していた。

何様のつもりか、ヒステリックに怒鳴り続けるその姿はどこか滑稽で、怒鳴られている人達には申し訳ないが、その内容とは裏腹に周囲の失笑をかっていた。

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それほど彼女が彼らを怒鳴る事は、その能力やキャリアに見合っていなかったのだ。

と同時に、周囲はどうしてあんな「ガキんちょ」に仕切られて、働き盛りの彼らが黙って我慢しているのか、歯痒い気持ちでいた。

ところが、人間イイ気になってると、ろくな事はないと証明される事件が起きた。

ベテランエンジニアのTさんがキレたのだ。

初登場の彼については少し説明が必要だが、エンジニアのイメージ通り、寡黙で真面目に黙々と仕事をこなし家庭もきちんと大切にし、目立たないがその技術力と勤勉さは会社にとって大いなる財産になっている。

そんな彼は、一緒に怒鳴られているコンサルタントのKさん(以前登場した、女王様が監禁までした大好きな男性)の、真面目に仕事に取り組む姿勢を尊敬しているようだったので、自分はともかくKさんを頭ごなしにバカにし切って怒鳴りつけるドームを許す事ができないらしかった。

「システムの事を何も分からないのに、いい加減にしてくれ!」と彼にしては精一杯、でもどこか弱々しい声で言い放ったのだ。

いつも物静かで黙々と仕事をこなし、ドーム的には「存在感の無い」Tさんがキレた事には、流石のドームも驚いたらしく一瞬無言になったが、逆ギレした彼女はヒールをイラついた音でコツコツ言わせながら、コンサル部リーダーのじーじの元へ向かった。

事の顛末を興味深く見守っていた私達は、Tを応援しながらもドームの逆襲がどんなものか心配だった。

でも流石にドームにデレデレしているじーじも、最近のドームの横暴振りには辟易していたようで、その言動を注意したらしくこの後、Tさんがキレた一連の事件は表立っては語られず、次の日からドームの怒鳴り声も鳴りを潜めた。

しかし、ある意味ドームを見直す事実を私達が掴んだのは、彼らを怒鳴る事で自己の存在をアピールし、ついでにストレス解消もしていた彼女が新しく「おいしい仕事」を見つけた直後だった。

ある朝、Yと私は一緒に会社のエレベーターで、閉まりそうなドアを無理矢理開けて飛び込んできたドームと一緒になったのだが、あまりの驚きに朝の挨拶も忘れてしまった。

それは、前から何故だか他のコンサルメンバーより1泊多い出張をしていたドームが出張に出発する朝だったのだが、ただでさえ厚化粧の彼女がより一層「塗りたくって」いた上に、今時「on the 眉毛」の前髪にチークはまったく「おてもやん」、しかも数年前のスーツを着てるもんだから、どっかの若作りのおばちゃんのようないでたちで、ご丁寧にキッツい香水のおまけ付だった。

たぶんポカンと口を開けてた私を横目にYがやっとの思いでドームに「イ・・イメチェン?」と訊くと「え~っ・・」とガラにもなくはにかみを見せたが、どう考えてもドームはイカしてると勘違いしてるのは明らかだった。

そのまま意気揚々と席に着くと、果たして周囲の人は「どうしたの??」と、ギョっとしながらも訊いていたが、ここでもドームは「やっぱり私って人目をひく可愛さなのね」と勘違いしまくっているようで、ニッコリ微笑んだりしていた。

ところでドームの「おいしい仕事」だが、社内の人も自分を見くびっている、唯一の頼みの綱のじーじさえ自分を庇いきれない。

キャリアや知識もなく人間的にも人気の無い彼女は、プロジェクトの基幹とも言える顧客を取り込む作戦に出た。

A社の中でこの当時羽振りのいい部と言えば、なんと言ってもコンサルだったが、そこである程度の地位を保とうとすれば何としてもプロジェクトの、しかも金額の大きい、できれば難しいものに関わっているのが最低条件だったので、平たく言うと顧客のシステム責任者と関係を持ち、自分をシステム担当に加えてもらったのだ。

まったく汚らわしい勘違い女だがすぐ男を取り込む手腕と、そこまでする仕事への執着心には、ある意味感心するのも確かだった。

どうやら彼女の自称「イメチェン」は、その相手へのアピールの為にしている事らしかったが、日々みんなが自分をうっとり見つめているという自己満足に浸っていた彼女をあきれ返って観察していた周囲の人々は、ある日の女王様の一言で溜飲を下げた。

「あら、イメチェン?あなた髪型も顔もヘンよ」と真面目な顔であっさり言ってのけたのだった。

もう私達を含め周囲の社員は笑いを堪えられず、思い出しては噴出し・・の繰り返しでその日は仕事にならないほどだったが誰よりも笑いが止まらず喜んでいたのは、KさんとTさんである事を考えると、私達はこの時ばかりは女王様に拍手喝采を送ったし、いくら偉そうにしてもドームごときが女王様に太刀打ちするのは無理な事だった。

しかし、本当にいつもドームが自慢しているように、電話1本ですぐ駆けつけてくれる弁護士や医者が周囲にたくさんいるなら身体を張ってまで仕事にしがみ付く必要はないと思うんだけどね・・・・。

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ドームのたくらみ

A社の上得意の多くは製薬会社で、その「頭脳集団」は大阪に集結している事が多いことは以前書いたが、これは新薬開発などというものが20年近い歳月と、少なくとも百億単位の費用がかかる事を考えると、A社にとっては最重要業界であった。

もっともプロジェクトと一口に言っても、その中身や規模は様々で、当然コンサルタントとしてそれに当たるにはかなりの知識と高い技術力が必須なのは明らかだった。

勘違い人間の宝庫であるA社の中でも、最も可愛げのない勘違い女はドームだが、マズイ事に彼女もコンサルの一員だった。

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かなりハイレベルと言う、女王様からの触れ込みで入社したドームだったが、1ヶ月もしない内にそんな事は全くの風説で実は何もできない、単なる事務員レベルである事が表面化した。

そこで彼女はコンサル部のリーダー、じーじと不倫関係になり”誰でもできる簡単な仕事”を割り当ててもらう事で、製薬会社のプロジェクトの末席に連なるという作戦に出た。

これも以前書いたが、じーじも流石にドームの実力は理解してるので、とても危なくて自分の参加してないプロジェクトにはアサインできない。 そこで毎週いそいそと2人一緒に泊りがけでプロジェクトに勤しんでいた。

何故だか他のプロジェクトメンバーより1泊多いドームは、これも前泊するじーじとマンツーでコンサルとしての教育を受けていたらしいが、そんな付け焼刃で、何十年もの経験を持つ他のメンバーに太刀打ちできる筈は、どう考えてもなかった。

女としてだけではなく、社会人としてコンサルとしてもエベレスト並みのプライドを持つ彼女は、その事が我慢できない。

A社のプロジェクトはコンサルと技術者がセットにならないと進めようがないので両者の足並みを揃える事が不可欠だが、これを調整するのも大変な作業だった。

ドームは自分の無力を棚に上げて、常日頃から技術者に文句を言っていたのだが、寝物語にでもじーじにおねだりしたのか自分が参加しているプロジェクトの技術部門を担っている、技術系リーダーと、経験豊富なエンジニアの仕事を監視する役目を勝ち取った。

この日から彼女の暴挙はエスカレートし「5分でやってみて」などと、技術者2人のある作業を、腕組みしストップウォッチを片手に彼らの後ろで監視し、5分が過ぎると「まだ出来ないの??バカじゃないの?」「やる気あるの?もっと要領よくこなせないの?」などと、まったく目上の人に対する礼儀を忘れ去った様子で怒鳴りつけたりしていた。

困った事には、稀に会社にいる女王様は「仕事に男も女も無い」と信じ込んでいて、同じようなタイプであった事だが、決定的なドームとの差は、彼女は充分の経験と知識も持っているプロジェクトのプロで、周囲の人もそれに異存はないという点だった。

なので女王様に怒鳴られるのとドームに怒鳴られるのでは、まったくその受け取り方が違うのは仕方のない事だったが、じーじとの不倫関係だけでその役目をgetしたドームは、意気揚々とストップウォッチ片手に怒鳴りまくっていた。

まったくそれは当事者のみならず、例えば技術者2人と同じシマに座っていたYも大いなる被害者だった。

あまりの大声にそばに座っている彼女はうるさいのと気分が悪いのとで、その日から耳栓をして仕事をしなければならなかったほどだったが、そんな威張り散らしているドームの作成したドキュメントはめちゃくちゃで、それを手直しするのがYだったのも皮肉だった。

ちなみに、Yから聞いて大笑い&どうしても理解できないドームのドキュメントの不思議な部分は、消しても消してもその下からテキストボックスが出てくる事で、どうしてそんなに重なっている必要があったのか全く不明だったが、とにかくそんな仕事ぶりの彼女が技術者を怒鳴りつけているのだから、何とも納得できない事柄だった。

こうして「俄か権力」を手にしたドーム女だったが、この後大きなツケが廻ってくる事になるのだった。

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大事件勃発

いつまでも「女の子ちゃん」を気取る女王様の大本命、Kさんは女王様の気持ちを知っててさり気なく付き合ってるのか、はたまた本当に気付かないのか、傍から見ていると「これ以上無い」ほど適切なスタンスで女王様とビミョ~な距離を保っている。

しかも、それが全く計算されたものでなく自然体でできるものだから、女性陣の人気は高まるばかりだった。

女王様もそんなKさんに誠実さを見ているらしく、夜のお付き合いがなくても、よいしょされなくても、変わらない態度で接する唯一の相手のようだった。

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そんな女王様を観察していたYと私は、女の子ちゃん扱いされる事や、褒め称えられる事は大好きな女王様が、どんなに出世してもそこは普通の女性であり人間なので、本当は「人として」尊重しあいながら付き合える相手を必要としているのを見抜いていた。

A社の殆どの人は女王様の顔色を伺って言う事を決めたりして点数稼ぎに余念が無いが、Kさんだけは自分の信念に沿って発言し、たとえそれが女王様の意見と違っていても納得するまでディスカッションするものの、決して険悪な状態にならないという、稀な男性だった。

女王様の男性の好みの中に「センター分け」、つまり髪の分け目が真ん中でサラサラヘアの人というのがある。

同棲しているSさん、社内のお気に入りであるコンサル部リーダーのじーじ、中途入社のSさん、取引先のおエライさん・・・と言われて見れば全員センター分けだが、中でも最もトラディッショナルなセンター分けをしているのがKさんだった。

そのせいだけではないと思うが、とにかく女王様は哀しいほどKさんが大好きなのだった。

そのKさんを悲劇が襲ったのは、A社お得意の大手製薬会社のプロジェクトも佳境に入った頃だった。

仕事の特性上ミーティングが多く、しかも長時間に亘るのはある意味当たり前で、それが深夜に及ぶ事も珍しくない。

でもこの時ばかりは異常事態だった。 なんと女王様は「最重要課題のミーティング」と銘打ち、Kさんと2人で夕方からミーティングルームに籠ったのだが後でKさんがこぼしたところに拠れば、それは朝5時過ぎまで、ほぼ半日続いたそうである。

私達はあまりの事態に驚きKさんに同情もしたが、はっきり言ってちょっぴり興味本位になるのはどうしようもない事で、つい探りを入れたところでは、大の男と女が1つ部屋に半日籠っていても、何事も起きなかったそうである。

もちろん会社のミーティングルームという場所柄もあったと思うが、女王様がこれを好機と捕らえていた事は想像に難くないだけに、その必死さが益々女王様を可哀想で寂しい女性に思わせたし、Kさんのあまりの真面目さが歯痒い気もした。

しかし、考えてみればKさんは立派な妻子持ちであり、女王様がSさんと住んでいる事は周知の事実であったのでKさんが妙な事に巻き込まれて家庭にヒビを入れたくないと考えるのも当然なのかもしれなかった。

ただ、女王様があまりにも堂々と男性を口説くものだから、ついうっかりその野望の行方を見守ってしまうという感じだった。

こうして女王様最後の賭けも不発に終わり、流石に女王様もKさんを我が物に・・・という妄想から覚めたようでそれ以降、Kさんの上に陽が当たる事はなく、行く末を案じたのかKさんは1年後に退職した。

その送別会の席でKさんの近くに座った私達は、如才なく楽しそうに飲み食べしているKさんを横目に、女王様とKさんが会う事はもう2度とないだろうな・・・と確信していた。

しかし、これらの事が全てKさんが描いたストーリー通りだとしたら、Kさんもなかなかやるものである。

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女王様の悲哀

いくつになっても、社長になっても「可愛いコちゃん」ぶるのが大好きな女王様は、誰もが認める男好きで守備範囲もかなり広いが、そんな彼女にも好き嫌いがあるのは当然だった。

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彼女が気に入っている男性は、内容的に美味しいプロジェクトにアサインされ、地位や年収も自然と上がる仕組みとなっていて、勿論これには泊りがけの出張や夜のお相手も含まれる場合が多く、日常的に彼女を「女の子扱い」するのは不可欠だった。

ところが、これを全くしないのに女王様の一番お気に入りの男性が存在した。

彼はコンサルの元マネージャーで、何事に対しても真面目に取り組み人当たりもいいが、仕事や礼儀などの件でおかしいと感じる事があれば、ハッキリ物を言う、所謂「一本筋の通った」人であった。

外見は中肉中背だが、高校球児だったというだけあって肩幅など広くガッチリしているし、奥様のおかげと思われるがいつもパリっとしていた。

折り目正しく女性には殊の外優しいが、決してデレデレしないところが女性にウケて「結婚するならKさんのような人」と女性達から言われているタイプであった。

何事につけても女王様はKさんに相談という名目で近付き、何とかして特別な関係に持ち込もうと必死なのは見ていて哀れなほどだった。

もちろん女王様は立場上、仕事の話で近付くのだが、その魂胆を知ってか知らずか、その都度Kさんは生真面目に応対し、結果として女王様に付け入るスキを与えないのだが、これが女王様には歯痒い事この上ないらしい。

実際、彼女はトップコンサルのSさんと永らく不倫関係にあるのだが、どうしてもKさんの事も気になるらしくアピールは続いた。

外資なのでもちろん本社は海外にあるのだが、本社で各国の代表が会議をする出張に、なんと社費を使ってKさんを伴った。

その出張の詳細は分からないが、Kさんから聞いたところによれば女王様は終始上機嫌で、会議も日本支社に優位なものとなり、驚くべき事には、得意の英語でイヤミまで言い放ったという。

女王様の秘書も兼任していた私はある日彼女からの電話で、滅多に誰も近付かない女王様の机で探し物を頼まれた。

急ぎの用だったので電話をしている間は必死だったが、終わってふと机を見渡した私は、そこで見つけたものにドキドキした。

絶対に座っている人からしか見えない巧妙な位置に、ロンドンで撮ったと思われる、Kさんと腕を組んで満面の笑みを湛えている女王様の写真を発見したからだった。

それは本当に今まで見た事も無いほど楽しそうな女王様であり、その腕は執拗に捲きつくヘビの如くKさんを捕らえている。

自分には何の関係もないのに、何だかとても罪の意識を感じ、私は慌てて転びそうになりながら急いで女王様の席から脱出した。

私は何だか女王様が可哀想になった。 その世界では有名人で、講演会をすれば何万円もの券があっという間に売れ、著書も多い。

マンションを3つ所有し億単位の年収を稼ぎ、着ている物はアルマーニを始めとするブランド品という、人も羨むプチセレブだ。

なのに一番手に入れたいものは入らない。

でも今日も女王様は一生懸命仕事をし、その合間にKさんに色目を使い、Sさんと住んでいる。

公私共に何とも忙しいのだが、彼女の心には風穴が空いているに違いない。

そう考えると、ちょっと甲高い声も、せかせかした話し方も、仕事中にヒステリーを起こすのも仕方ないような気がして彼女の意味不明の要求にも応えて見ようか・・って気になるのだった。

Kさんへの執着はかなりなもので、この後ちょっとした事件が起きるのだが、それは次回に・・・。

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