とんちんかんディナー
自分の高学歴と才能は、少なくてもA社では右に出るものはいないと、心の底から信じ込んでいるバカえもんは、見た目も熊のようにのっそりしていて、間違ってもイイ男を言えるタイプではない。
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・・・が、本人はかなりイケてると思い込んでいて、今時肩からパステルカラーのセーターなどをゆったりと掛け、自信満々に社内を闊歩している様は常々Yと私の苦笑の元となっていたが、ある時Yが「石田純一みたい」と痛烈な皮肉を言ったのを真に受け、それ以来何かと私達に好意的な態度を見せるようになったのも、片腹痛い事なのだった。
IT企業というものでは”もうこの会社で覚える事はない”というのが、立派な退職理由になるし、いくら要領のいい私達でも流石に毎日毎日「勘違い集団」と付き合っているのに疲れてくるのも無理はないので、テキトーに理由をつけて辞める事にした。
自分達の予想よりはるかに社内に食い込んでいたらしい私達の退職は、どうやら社内に衝撃と困惑を与えたようだった。
仕事の割合で言えば、バカえもんと私達はそんなに関わっていない・・・というか、バカえもんに与えられている仕事はそんなになく、大して重要でもなかったが、彼的には社内の中核を担っていると信じ込んでいる上に、私達を立派な「仲間」と見なしているらしかった。
なので2人の退職が公表されるや否や、片手を挙げながら私達のところにやってきて「聞いたよ・・残念だ」などと真面目な顔で近付いてきた。
一通り退職理由を訊かれたり、それに付随した社内の誰からの話などをした後「送別会を兼ねて食事に行こうよ」と言い出した。
A社の多くの社員がそうであるように、彼も不適当なほどの高給取りなので、私達はにっこり微笑んでお礼を言い、予め知っている出張日などを除いた何日かを決め、バカえもんにメールしておいた。
果たしてすぐ「○○日にしましょう」とレスが来て、仲間というカテゴリーに所属している私達にイイところを見せたいのか、お店は私達の好きなところでいいと付け加えていた。
ご馳走されるのが大好きな私達は、この辺りぬかりがある筈もなく、この時は既に行きたい店を絞り込んでいた。
それは今はなくなってしまったが、都内の高級ホテルの最上階にある、所謂回転レストランで、かなり優秀な中華が食べられる事で有名だった。
HPで確認したら私達が行く週は女性(もちろん私達も!)が大好きなエビ料理が増える「シュリンプウィーク」なるありがたーい週だったので、益々ボルテージが上がるのは仕方なかった。
バカえもんにお店の事を伝えに行くと「君達が行きたいところでいいよ」とばかりに、さもお店には興味がない、君達にささやかな感謝の気持ちでご馳走したいだけさ・・・とでも言うように、満足気に頷きを返したのだった。
あっさりその日はやってきた。
前日に散々打合せをしたのに、当日もまた「昨日の通りでOK?」などと、いかにも通りすがりに訊いてみたよ・・・的な風情を見せてはいるが、私達はバカえもんが何故だかとっても楽しいんだ・・・とすぐ気付いた。
なんだかんだあったが、結局希望通りの日程で好きなお店に行く事になり、私達は終日ゴキゲンで仕事をこなし、定時退社をした。
そしてぷりっぷりのエビを想像しながらるんるん気分でホテルロビーに到着し、いつもより少し取り澄ましてバカえもんを待った。
少しだけ遅れて到着した彼は、お得意のトラッドファッションに身を包み、またもや軽く手を挙げてやってきた。
男性の多くはそうであるように、心のどこかに女性をエスコートしなければ・・・という気持ちが働くようで、彼もエレベーターをさり気なく眼で探し先頭を歩こうとしたが、どうにも勝手が分からないようで、進んでみては「あれ?おかしいな」などと独り言を言いながらうろうろしてしまった。
私達は笑いたいのを堪えて、でも少し申し訳ない気持ちで後から「その先を右です」などと小さな声で案内する羽目になった。
兎にも角にも予約時間の10分後には、レストランの入口に到着し、バカえもんが予約名を告げると「お待ちしておりました」と、やけに丁寧に窓際テーブルに案内された。
何しろ1時間に360度回転し、夜景を楽しむという趣向のレストランなので、周囲は全て窓という造りな上に40数階に位置するため、眺めがいい事この上ない。
これだけでかなりのご馳走という感じで、私達は少し気取った足の運びで、ボーイさんにお礼を言いながら笑顔で席に着いた。
このレストランのもう一つのウリは、高級食材の料理の数々が食べ放題~バイキング~だという事だった。
中華の高級食材と言えば、フカヒレ・カニ・ツバメの巣・・などなど枚挙に暇がないが、とにかく「シュリンプウィーク」である。
しかし、いかに図々しい私達でも、席に着いなり取りに行くほど非常識ではない。
バカえもんに飲み物などの好みを聞いたり忙しいのに申し訳ない・・的なお礼を言って、多少の世間話をするくらいの忍耐強さは持ち合わせている。
ドリンクオーダーも終わり、じゃぁ取りに行こうかと、バカえもんがこれ以上ない絶妙のタイミングだと自分に酔っている間に私達はさっさとエビを目指した。
バイキングの台が丸々一つエビになっているのを片っ端からお皿によそって席に戻ると、上品に少量の料理が載ったお皿を前に、バカえもんは外を眺めて黄昏ていた。
お喋りしながら美味しい料理を食べ、夜景を堪能するというのは女性にとって嬉しいものだが、違った意味でバカえもんも楽しいらしかった。
今まではお互い何となく敬語で話していたが、多少のお酒で舌も滑らかになったのか「タメ語でいいかな?」などと、殆ど死語のような発言をし、私達の答を聞く前に”タメ語”で話し始めた。
私達にはそうは思えない、今までの自慢話・苦労話を身振り手振りで話しているのに大仰な相槌と満面の笑みで受けながら、実は食べる事に熱中していた私達は、流石に1時間もするとお腹がいっぱいになってきた。
勝手なもので、そうなると喋りたくなるのか、今度は頼まれもしないのに今までのA社での仕事やこれからの計画などを面白可笑しく話したが、中でもバカえもんがえらく興味を持ったのが私達が2人で習っていた、ある楽器の事だった。
彼はまるで「俺は頭はいいけど楽器はからっきしでね~」とでも言いたい風に、物珍しそうにその話を聞き、様々な質問をしてきた。
実はその楽器を極めるため、というのが退職の表向きの理由だった私達は、もっともらしく多少の専門用語などを織り交ぜながら話していたものだから、すっかりバカえもんが引き込まれてしまった。
最後には俺も楽器が出来たら・・・などと言い出し、中学生の頃はギターも弾いたんだけど・・・などと、遠くを見ながら陶酔し始めた。
バカえもんは自分に自信があるし、カッコイイものに憧れがあって、困った事には自分それに近づけると本気で思っているので、きっと中学生の頃のバカえもんは、白いギターかなんかを抱えて、すっかりシンガー気分を満喫していたに違いないと想像するとおかしくて声を出して笑いそうだったが、ご馳走になる相手を軽蔑するような事はできないので、持ち上げたり期待させたり、私達は忙しく頭を働かせていた。
そんな私達に「ちょっと失礼」とまたもや軽く手を挙げて席を立ったバカえもんは、どうやらトイレに行ったらしいが、なかなか帰ってこない。
食べ物にあたってお腹でも痛いのかしら・・・?と心配し始めた頃、ニヤニヤしながら席に戻ったバカえもんは「回転してるから場所が分からなくなったよ」と、子供じみた事を言い出したのも、私達に気を許している証拠かもしれなかった。
デザートや中国茶も平らげ、もちろんエビも全種類制覇して夜も更けた頃、バカえもんが「今夜はホントに楽しかったよ。会社は別になるけど、これからも友達としてたまには飯でも食おう」と言い出した。
大変ありがたい提案だが、ハッキリ言ってバカえもんは私達の苦手なタイプ・・・というか気疲れする相手なのだが、「ぜひ~」と言いながら、内心驚いていた。
何しろ彼は会社に親しい人はいないし、どちらかと言うと浮いた存在である事を、最近ようやく理解し始めた様子だったので、私達と楽しい時間を過ごしたのが嬉しいのかもしれなかった。
その後、暫く連絡を取らないうちに、彼はA社に溶け込む事ができないまま、退職したらしい。
でもきっと他の会社でも勘違いして高いプライドを振りかざして、鼻つまみになってるんだろうなぁと思うにつけ、もしかしたらあのエビを食べた夜が、バカえもんが一番普通だったのかも・・・と、ちょっぴり哀しい気持ちになるのだった。


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